お伊勢さんのご遷宮 その3《やさしい神道シリーズ その3》

ご遷宮をするのはなぜかということを、前回お話しさせていただきました。
今回は、ご遷宮はいつから始められたかなどの歴史についてお話ししてみたいと思います。

 

内宮 正殿前

《皇大神宮(内宮)正殿前》

式年遷宮の始まり

 

伊勢神宮の式年遷宮は1300年ほど前に天武天皇が定め、次の持統天皇の四(西暦690)年に皇大神宮(内宮)、その2年後に豊受大神宮(外宮)の第一回ご遷宮が行われました。

天武天皇は兄の天智天皇とともに当時の中国 唐から律令を学び、諸豪族支配の状態から律令国家いわゆる法治国家へと改革を進めました。
外来の制度や文物を積極的に取り入れ、仏教振興策もとりながら、わが国固有の歴史も大切にし祭祀の整備に努めました。
そのような状況下で20年に一度遷宮をするようにと発案し、その遺志を継いだ持統天皇の代に実現しました。

長い歴史の間には、戦国時代に一時の中断もありましたが、二十年に一度繰り返しおこなわれてきました。
そして、来たる平成二十五年秋には第六十二回式年遷宮の中核をなす遷御が古式に則り執り行われます。

内宮参道 おはらい横町

《伊勢神宮 内宮 参道 おはらい町の賑わい》

尼僧の勧進によって123年ぶりにご遷宮が再興される

 

第四十回式年遷宮が寛正三(1462)年に行われましたが、その5年後に応仁の乱が起こります。
以後、戦国時代とよばれる時代状況の中でご遷宮は中断せざるをえず、屋根の葺き替えもままならない状況でした。

これを憂いて、ご遷宮復興の浄財を集めるため諸国を遍歴し勧進比丘尼(かんじんびくに)として働いたのが「慶光院上人」(けいこういん しょうにん)と呼ばれる尼僧たちです。

初代院主の守悦上人は、洪水で流された宇治橋の架け替えのため諸国をまわり、永正二(1505)年に宇治橋を竣工させています。

その後、三代院主 清順上人は豊受大神宮(外宮)ご遷宮のため諸国をまわり、賛同を得た人々や朝廷の協力もあって永禄六(1563)年に実現させました。
この間11年の歳月がかかっています。

第四代院主の周養上人は更に志を引き継いで、朝廷をはじめ織田信長、豊臣秀吉らの協力を得、天正十三(1585)年10月に皇大神宮(内宮)、豊受大神宮(外宮)同時に第四十一回式年遷宮を行っています。
外宮は22年ぶり、内宮はじつに123年ぶりのご遷宮でした。

これらの功績により、慶光院の院主は上人の号が許されることになりました。
ちなみに、慶光院は伊勢市宇治浦田にあった臨済宗の尼寺で、現在は国の重要文化財に指定されています。
慶光院は、上の写真おはらい町の道沿いにあります。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。

参考:
伊勢神宮          http://www.isejingu.or.jp
伊勢神宮 式年遷宮公式サイト http://www.sengu.info/index.html

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カテゴリー: やさしい神道シリーズ, 伊勢の神宮と式年遷宮   タグ: , , , ,   この投稿のパーマリンク