伊勢神宮について その1《やさしい神道シリーズ その5》

 

摂社

「何ごとの おはしますかは 知らねども
かたじけなさに 涙こぼるる」 西行

西日本の森林は、照葉樹林帯と呼ばれる植生によって構成されています。

三重県 伊勢の地、五十鈴川にかかる宇治橋を渡ると、その水源となっている緑豊かな神路山を望むことができます。

およそ二千年前からこの地に鎮まります神宮を、西行法師が訪れたのは八百年あまり前、源平争乱の時代でした。

出自が藤原氏の家系で鳥羽院の北面の武士も務めた西行が出家し 、やがて神宮を訪れた際に詠んだのが上記の歌です。

当代随一の歌詠みであった西行が、感じるところを表現したその心情が、なんともいえぬ当時の厳かな神宮の雰囲気今に伝えてくれていると思います。

 

正式名称は『神宮』

 

伊勢神宮は、正式には『神宮(じんぐう)』という名称です。
伊勢の地に鎮座しているので「伊勢神宮」と一般に呼ばれています。

内宮 参道

《 内 宮 参 道 》

第11代垂仁天皇が、皇女の倭姫命(やまとひめのみこと)に、天照大御神を祀るにふさわしい場所を探させ、伊賀、近江などを巡りやがて五十鈴川の上流に適地を見つけお宮を造営したのが神宮の始まりで、今から二千年ほど前のことです。

 

*『内宮』と『外宮

 

神宮は、大きくは内宮と外宮の二社ですが
ほかに別宮、摂社、末社、所管社すべてで125社で構成されています。

 

外宮 境内

 《外 宮 境 内》

内宮(ないくう)は、天照大御神(あまてらす おおみかみ)をお祀りし、正式には『皇大神宮』という名称で、上記のように今からおよそ二千年前に造営されました。

外宮(げくう)は、 天照大御神に食事を差し上げるため、食べ物を司る豊受大御神(とようけ の おおかみ)を招きお祀りし、正式には『豊受大神宮』という名称です。
こちらは、内宮が造営されてから500年後、雄略天皇の時代の五世紀半ばに造営されています。 

内宮には瀧原宮、月読宮など十社外宮には土宮、風宮など四社別宮があります。
さらに百九社の摂社、末社、所管社があり、『神宮』は、全部で125のお社(やしろ)で構成されています。

*「正宮」(しょうぐう)・・内宮と外宮
*「別宮」(べつぐう)・・・正宮の分け宮で、式年遷宮が行われます
*「摂社」(せっしゃ)・・・『延喜式』の「神名帳」に記載のある神社、式内社
*「末社」(まっしゃ)・・・ 上記「神名帳」に記載はないが『延暦儀式帳』に記載あり
*「所管社」(しょかんしゃ) 上記二つに記載はないが正宮、別宮とゆかりの深い社

 

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次回も、『神宮』のことをもう少しお話ししたいと思います。

 

参考:
伊勢神宮          http://www.isejingu.or.jp
伊勢神宮 式年遷宮公式サイト http://www.sengu.info/index.html

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