薬師神社の西国三十三所観音 第六番 壺阪寺 十一面千手千眼観世音菩薩

薬師神社(秋田県大仙市蛭川)参道には、西国三十三所観音の石像が並んでいます。

薬師神社参道#1

 

江戸時代末から明治時代にかけて、近隣の花館や大曲の人達が

もろもろの願いを込めて作り、安置したものです。

時を経た杉の大木が並び、往時は参詣の人が絶えなかった参道沿いに、

静かな佇まいの三十三観音です。

 

その観音さまを、これからひとつずつ紹介していきたいと思います。

第1回は、西国三十三所観音 第六番 壺阪寺 十一面千手千眼観世音菩薩 です。

 

十一面千手千眼観世音菩薩

第六番 壺阪寺 十一面千手千眼観世音菩薩

施主 板谷五郎左衛門(大曲) 建立年は不詳

正式名称:壺阪山(つぼさかさん)南法華寺(みなみ ほっけじ)
通称は、「壺阪寺

開 基:弁基(べんき)上人 創建は大宝三年(703)

御本尊:「十一面千手千眼観世音菩薩」

宗 派:真言宗

住 所:奈良県高市郡高取町壺阪

御詠歌:

岩をたて 水をたたえて 壺阪の 庭の砂(いさご)も 浄土なるらん

 

十一面千手千眼観世音菩薩#2

 

寺伝によれば修行中の弁基上人が、水晶の壷(つぼ)の中に観音菩薩を感得し、

観音像を模刻して本尊にしたそうです。

平安時代には眼病に霊験あらたかと、広く信仰を集め参拝の人が多かったそうです。

薬師神社も境内に湧き出る泉の水が眼病に効くということで、参詣人が多かったです。

清少納言は『枕草子』で「寺は壺阪、笠置、法輪」と記しています。

 

人形浄瑠璃『壺坂観音霊験記』は盲目の座頭とその妻の物語ですが、

ヒロインのお里は毎日険しい坂道を登ってお寺へ日参します。

物語には起承転結がありますが、やがて観音様に救われ開眼します。

明治時代に初演されたこの浄瑠璃は、文楽や歌舞伎でも演じられるようになり、

壺阪観音の名が世に広まりました。

 

*秋田県大仙市蛭川の薬師神社については、下記をご参照ください。
http://www.izu.or.jp/yakushijinja.html

 

参考:

壺阪寺 http://www.tsubosaka1300.or.jp

西国三十三所巡礼の旅 http://www.saikoku33.gr.jp/06/index.htm

 


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